長谷川ももかの人生録。

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ピアノと後悔の話

 私は17歳〜21歳までの間、ピアノを習っていたことがある。習い始めた理由は進路に影響するからと、単純に父が弾いている姿を見て自身も弾いてみたいと思ったからである。

 通い始めた教室は実家の近くにある小さなピアノ教室だった。

 申し込みをし、レッスン初日。ピアノ経験全くの0だった私はドキドキだった。はじめは何を教わるのだろう。やはりバイエルあたりから教わるのだろうか…と。

 教室に着くと細身で長身の綺麗なマダムが待っていた。教室はお世辞でも広いとは言えない部屋に大きなグランドピアノが真ん中に置かれていて部屋の隅には年季の入ったソファが一つ置かれていた。マダムはタバコを召しているようでタバコの香りが漂っていた。

 早速ピアノの椅子に座り、自己紹介やピアノ歴がないこと、進路にピアノが必要なことなどをマダムに話した。するとマダムは「そうね〜、長谷川さんには何から弾いてもらおうかしら…」と言いソファーの横にある棚から楽譜を漁りだした。

 暫くして、ようやく決まったようで何やら分厚い楽譜をマダムは持ってきた。どうやら全集のようだ。え…まさかこの中の曲をいきなり弾くわけではないよな…?と不安に思う私。

 「長谷川さんにはショパンノクターン2番を弾いて貰おうかしら!」

 ショパン…?ショパンは聞いたことある名前だが、クラシック初心者の私にはノクターンがどのような曲か想像もつかない。受け取った全集のページを開いても、ページ内が音符で真っ黒である。これを今日から弾けと…?早速教室選びを間違えてしまったとそこで後悔した。それなのにマダムは追討ちをかけるように「今年の12月、その曲で発表会出てもらうからね〜。」と軽々しく言うのだ。

 発表会…?この曲を…?私はただ進路のためにバイエルが弾ける程度の技術を身につければ良いのだが…。ちなみにこの段階で7月位だったと思う。あまりにも無茶である。

 私はピアノ歴がなくいきなりは無理だと断りを入れたが、マダムは「絶対弾けるようになるわ!」の一点張り。家に帰って、ピアノ経験のある父に相談したが「お前には無理だろ〜」と言われた。しかしマダムは本気なのだ。

 これがマダムもとい恩師との出会いである。それから私は恩師の元でピアノ猛特訓の日々に明け暮れるのであった。

 恩師によるレッスンが開始し、もちろん楽譜が読めない私だったが、懇切丁寧に端から端まで教えてくれた。(しかし色々基礎的なことをすっ飛ばしているので、未だに譜読みが危うい)

 譜読みが完了すると右手の練習。その次に左手。最後に両手といった流れでレッスンは進んだ。表現や強弱、テンポなどは師から教わるのではなく感じろ…といった感じだったため、動画サイトで様々なプロの演奏を聴いて真似してひたすら練習した。

 そして約半年(半年もなかった)遂に発表会当日を迎え、ほとんどミスなしで弾ききった。あの時の達成感は今でも忘れない。

 その後も恩師はショパンやバッハ、ドビュッシーと様々なクラシックを弾かせてくれた。恩師曰く、基礎から学ぶのではなく、色々な音楽に触れて音楽そのものを好きになってほしいという意向があったようだ。そして私も、弾ける曲が増える度に自信に繋がったし、弾けている自分が楽しく感じられた。

 そして目指していた大学にも合格。このまま社会人になってもピアノは続けていくつもりだった。

 ところが就職後、あとで別の記事に書く予定だが、精神病を患い仕事も忙しく、練習がままならないまま次のレッスンの日が来てしまうことが苦痛に感じるようになっていったのだ。恩師は習っていた時から「音楽だけは絶対にあなたを裏切らない」と口酸っぱく言い続けていたが、その頃はもう私にとって音楽が辛い存在になっていた。

 恩師にそのことを伝えたが、やっぱり引き留められた。しかし私ももう限界で強引に辞めてしまった。本当は菓子折りを持ってきちんと辞めることを申し出るのが社会人として生徒として正しい行いだと思うが、当時の私にはそれも無理な位に辛い状況だった。

 あれから数年。あの頃のように新しい曲を覚えることは難しいが、今まで弾いた曲を懐かしがりながら、暇さえあれば弾いている。もう忘れたと思っていたが、体が覚えているようでスラスラ指が動いてくれる。辛いことがあってもどこかで音楽が私を支えてくれている。あぁ、私の人生、音楽というものに関われて本当に良かった。と思う場面にも何度も遭遇している。

 教室の方はというと、まだやっている雰囲気はあるが、実家に帰ったついでに覗きに行っても、タイミングが悪いのか恩師には会えていない。またどこかで会えたならば謝罪と感謝の気持ちを伝えたい。恩師が口酸っぱく言った「音楽だけは裏切らない」という言葉が本当だったことを伝えたい。また恩師と一緒にピアノが弾ける日のために、今日も練習を重ねる。

 

 ここまで読んでくださりありがとうございます。次のブログでお会いしましょう。